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球は天高く、夢は果てしなく
第8回「指宿菜の花マラソン」

2004-03-29

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イラスト/ツトム・イサジ
 毎年、年明け早々、指宿でマラソン大会が開催されている。(おそらく今でもそうだと思う)東京での面接から帰ってきた私は、何を思ったのか、マラソ\ンに挑戦することを決めた。その詳しい経緯は、今もってわからないが、「とにかく走ってみたくなった」のだろうと思う。

 陸上競技をしていたので、"走る"ということには、さほど抵抗は無かったけれど、私の専門は、投擲競技、"投げる"競技である。いつも長距離選手の練習を眺めながら、「あんなキツイこと、毎日よくできるよねぇ」などと、感心していた人間である。もっとも、彼らからすれば、「あんなモノ毎日投げてて、何が楽しいのかねぇ」と、きっと思っていたに違いない。
 まぁ、とにかく、「フルマラソン42.195キロを走る。」、と決めてしまったわけだから、「こりゃ、練習をしなければいけないだろう」ということになり、決断したその日から、大学とアパート(2年間は、アパートで生活をした)までの道を走ることにした。マラソン当日まで約一カ月。目標は、初マラソ\ン、初完走。

 準備は、思いのほか、順調に進んだ。30分ジョギングから始まり、60分、120分と距離を踏めるようになっていった。時々は、年末の締め切りが迫っていた卒業論文との格闘と重なり、徹夜明けでそのままジョギングをしてしまう、というような無謀なこともやったけれど、純粋に"走る"ことを、楽しんでいた気がする。不思議に、毎日走っていると、「今日も走らずにはいられない」などという声が、どこからか聞こえてくるようになる。「ははぁ〜ん、おそらくあの長距離の彼らにも、この"悪魔の囁き"(天使の囁きなのかもしれない)が、聞こえているに違いない」と、妙に納得してみたりした。


 1988年1月10日(日) 快晴 指宿菜の花マラソン出場。\n 最初の20キロまでは、5キロを30分のイーブンペースで順調に進んだ。練習でも120分までは、走っていたので、そこまでは余裕があった。沿道で応援しているおばあちゃんが持っていたサツマイモを見て、「おいしそうだなぁ」と、思ったことを覚えている。その次の記憶は、35キロ過ぎてから足の痙攣で、一度立ち止まったところから始まる。マラソンの実況中継の解説で、「35キロからが勝負ですよ」という言葉はよく聞いていたが、「まさか自分には関係無いことだろう」と、予想もしていなかった。だって、心臓が苦しむほどのペースで走っているわけではないのだから。でも、私にもそれなりのことが起こったのだ。イッチョマエニ。\n「あぁ、ここまでかなぁ」と思いながら、とにかく歩き続けた。止まると脚が前に進まなくなりそうだったからだ。脚は、だんだん重くなっていった。それは、とっくに身体の一部分ではなくなり、"別の重い異物"が引っ付いている、という感じだった。しばらくは、「右、左、右、左」と、意識的に声をかけ、「"異物"にも神経が通っているんだ」、ということを確かめながら歩いていた。残り5キロになり、もう一度走り出してみると、(おそらく歩いているように見えたかもしれない)脚が前に進み始めた。そこからは、ゴールに辿りつくまで、「脚を一歩ずつ前に送り出す」という気の遠くなるような作業を延々と続けた。
 あの高橋尚子さんだって、東京国際マラソンの時、"あんな事"になった。テレビ画面からは、どれくらいスピードが落ちてしまったのかは、あまりわからなかったけれど、とにかく、身体が動かなくなってしまったのだ。もちろん、私と高橋さんとを比較することじたい失礼なことだけれど、「どんなに辛かったことだろう」と、想像してしまう。いくら「かけっこが好き」な高橋さんでも、少しは「止めたい」、と思っただろうなぁ、と思う。
 おそらく身体すべてが、"別の重い異物"だったに違いない。それでもたどり着いたゴールまでの過程に、高橋さんの積み上げてきた練習の凄さ、肩に背負ってしまったモノの重さが見えてくるような気がする。(今回、高橋さんが、アテネオリンピック代表に選出されなかったことは、とてもとても残念だった。何かを背負いながら(あるいは、そんなものなど無いのかもしれないけれど)、プロのマラソ\ンランナーとしての彼女が、アテネへ向けてどのような準備をし、どのような結果を残すのかという物語が見られることを、楽しみにしていたんだけど。)


 さてさて、まぁ、とにかく、なんとか無事ゴールに辿り着いた私のタイムは、4時間3分だった。おそらく、もうマラソンに挑戦することはないだろうけれど、「きっと、マラソ\ンを走るということは、コウイウコトなんだ」と、ちょっぴり分かった気がした。

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