スローゴルフへの誘い
第119回「唯一無二の一打」
2005-11-07
ゴルフ仲間のひとりに、ある山寺の和尚さんがいる。寺の坊主がゴルフなどというと、なんだか生臭坊主だとか、俗っぽいと思われるが、当人は一向に気にする様子がなく、
「ゴルフが似合わない職業といえば人権派弁護士に、正義感の強い刑事とか教員とか、あるいは寺の坊主といったところですかね」
と、屈託がない。確かに寺の坊主とゴルフの組み合わせは、あまりマッチするものとは思えないが、
「私の場合、ゴルフを始めたのは大学生のとき。その後、寺の娘さんであった今の女房と結婚して出家したので、あとから坊主になったわけでして。その意味では坊主がゴルフをやっているんではありません。ゴルファーが坊主になったんです。ですから、あまり気にしないでください」
と笑顔で、剃髪した坊主頭を何度も何度も下げるのだった。
「それにしても、ゴルフとは人生であり修行ですよねえ」
とは、友人のゴルフ坊主の口癖だ。その答えとはいかに?
「その一打は唯一無二だということです。二度と同じショットというのは、したくても、しようにもできません。だからこそ大切に打たなければなりません。そして一度打ってしまえば、後悔したところで始まらない。これも人生に通じる真理です。その与えられた状況から一生懸命にやる以外にはない。その意味では人生であり、修行と一緒です」
ボクたちは結構、ゴルフ坊主が好きである。急なお葬式があってキャンセルすることもしばしばだが、しかしそのありがたい説法を、心待ちにしているところがある。\n 何よりボクらがこの仲間のゴルフ坊主を好きなのは、高邁で威信たっぷりの説法ではないからであり、その人柄が親しみやすいからに他ならない。ダフったといっては嘆き、林の中に入ったといって多少は怒り、自分自身にイライラしたりもする。
「この煩悩との戦いも修行です」
彼のスコアが何年たっても108くらいなのは、そのせいかもしれない。でも愛すべきゴルファーであり、坊主である。

