スローゴルフへの誘い
第124回 「景気回復とスローゴルフ」
2005-12-26

景気がようやく回復してきたそうだ。いや、確かなことをいえば、景気が回復してきた兆しが見えてきたのだそうだ。確かに株価も上がってきたし、失業率も落ち着いてきたし、何より過去最高の利益を出している企業も多い(ほとんど利子を払わずに、最高益を記録している銀行には、正直腹を立てているが)。
そんなことはどうでもいいのだが、景気が回復したといって、本当に誰もが喜んでいるのだろうか? 少しそんなことを考えてみたい。
当時はバブルという言葉も知らなかったし、またバブル経済という中で生きている自覚もなかったが、確かに景気が良かった、という時期があった。仕事は多かったし、その分、徹夜することも多かったが、とにかく仕事に追われていたのは事実である。だが、確かに金回りは良かったのだが、だからといって豊かだったという記憶がないのだ。
タクシーに乗った回数も今の比ではないし、おいしいモノを口にしたことも多かった。実はゴルフも月に11回という記録があり、あの頃は平日で2万円弱、土日祝日で3万円強は当たり前の時代だったから、そのくらいのお金を使ったのだろうな、とは思う。
回数にあわせて、ある時期までは上達したのだが、それから先、一向に上手くはならなかった。今にして思えば、ゴルフをしにコース行くのではなく、なんだか仕事の延長でゴルフに行っており、そもそもしょっちゅうゴルフをやっていると1打1打にありがたみ、というものも薄れてしまう。だいたいゴルフを始めた頃は、ゴルフの前夜はワクワクしていたものなのに、当時は夜に仕事をしたり、仕事の延長で飲んでいることも多く、「明日、雨で中止にならないかなあ」なんて思ったりもしたものだ。これではゴルフの神様が微笑んでくれるはずもない。
当時、ゴルフで覚えていることといえば、ハーフタイムに上がってくると、必ず公衆電話に走って事務所に電話を入れては、そこで2〜3本、仕事をこなしていた風景だ。ラウンドが終わっても同じことの繰り返し。やがて、公衆電話から携帯電話に変わったけれど、いつもハラハラしていたことを思い出す。だったらゴルフなんかしなければいいのに、と思うが、しかしこのゴルフもまた仕事の延長。断れるほど強い意志はなかったのだ。
そんなわけで、確かにたくさんお金も使ったし、たくさんゴルフもしたのだが、しかし優雅というには程遠い。ではなぜ優雅ではなかったかといえば、金余り現象とも呼ばれた好景気の中で、自分ひとりが取り残され、貧乏でいることの恐怖があったのだと思う。だから財布にお金があっても、豊かな気分になったことはない。その後、バブルが弾けて、確かに財布の中身は減ったが、どこかゆったりゴルフを満喫できる余裕ができたのは、そういうことではないだろうか?
そんなわけで、回復する景気に水を差すつもりは毛頭ないが、しかしお金だけが人生を豊かにしてくれるわけではない。そんな当たり前のことを忘れないでほしい、と思う次第。

